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#1181 Canarios / Ciclos (1974)

 2007-09-08
1. Paraiso Remoto
2. Abismo Proximo
3. Ciudad Futura
4. El Eslabon Recobrado

Ciclos

日頃クラシック音楽なぞ、意識して聴く習慣のない人でも知っている音楽作品の一つに「四季」という曲がある。この曲は今から280年以上も前の1725年に発刊されたもので、曲を作ったのはイタリア(ヴェネツィア出身)の作曲家アントニオ・ヴィヴァルディ。ヴィヴァルディといえば「四季」、「四季」といえばヴィヴァルディ、という位ヴィヴァルディと切っても切れない曲。この曲は通称”バロック期”と呼ばれる時代に作られた4部構成の楽曲で、本来は12曲から成るヴァイオリン協奏曲集《和声と創意への試み》の一部分に過ぎなかったが、今では「春」「夏」「秋」「冬」と副題が付いた4部構成からなる「四季」はヴィヴァルディの全作品を代表する名曲として広く世間に知れ渡っている。ヴィヴァルディは協奏曲だけでも生涯500を超える作品点数を残しているので、私のようなクラシック音楽の素人が「四季」「四季」と「四季」ばかりに注目する風潮を苦々しく感じているクラシック音楽ファンは沢山いるかもしれないが、そこは素人のレビューという事で我慢して頂きたい。

さて、「四季」はクラシック音楽を代表するような超有名な作品としての存在のみならず、これまで数多くの非クラシック系の演奏家達にも人知れず取り上げられてきた。ネオ・クラシカル系のアーティストは言うに及ばず、ゴスペル歌手によるカバー、シンセサイザーを用いた瞑想音楽風、ロックの分野では著名な所ではザ・ナイス(キース・エマーソン)やカーヴド・エアー、ラッテ・エ・ミエーレ、ギター仙人ウリ・ジョン・ロートなど、知名度はぐっと下がるが旧東ドイツのプログレッシヴ・ロック・バンド、スタイン・コンボ・マイセンなど、日本では井上宗孝とシャープ・ファイブが1960年代末にカバー。また、近年ではサンプリングの素材として「四季」を拝借してしまう兵も登場してしまう程。直接のカバーではないがアルゼンチン・タンゴの第一人者アストル・ピアソラは生前「ブエノスアイレスの四季」という曲を作り上げた。おっともう一つ、プログレ・ファンに知られている、ある1枚のアルバムがある。スペインのバンド、カナリオスによる作品だ。

カナリオスはフランコ独裁政権下の1960年代後半に音楽活動を開始したバンドだという。常識的に考えて、自由主義運動を抑圧する政策を執っていたファシズム政党下ではロック・ミュージックを自由に聴いたり、またはロック・バンドを組んだりする事はままならなかった事が容易に想像出来るが、彼等カナリオスもスタート当初はロック・バンドとしてではなく、R&B/ソウル・ミュージックの影響下にあった音楽性を持って活動を開始したという。自由と反体制の象徴であるロック・ミュージックが一党独裁右翼政権のフィルター無しに広く国民に提供される筈もなかったろうから、恐らくアメリカやイギリスなどで当時流行していたサイケデリック・ロックやアート・ロックの類を時間差無くリアルで体験していたスペイン国民は多くなかったと思う。で、このカナリオス、1968年に早くも最初のシングル(だと思う)「Get on your Knees / Trying so Hard」、アルバム「Lo mejor del Clan」を発表している。

ジャケの写真を見るとなんだが随分沢山の人が写っている。メンバーの容姿はどことなくサマー・オブ・ラヴな雰囲気を感じさせるものの、恐らくは(内容は聴いた事はないが)当局の検閲にひっかからないような気の抜けたポップ・ミュージックだったに違いない(ちなみにメンバーの一人テディ・バチスタはスペイン映画界の巨匠カルロス・サウラ監督の1967年作品『ペパーミント・フラッペ』の音楽を担当しているが、名義はカナリオス名義ではなくテディ・バチスタ名義のようだ。)。バンドは1970年に2作目となる「Liberate」(ここでもジャケに大人数のメンバーが写っている)を発表、更に1972年にもカナリオスは「Canarios Vivos」(多分ライヴ盤?)を発表するが、バンドはここで一旦活動を休止。それも中心メンバーのテディ・バチスタの兵役によって、だという。兵役を終えたテディ・バチスタは再び音楽活動を再開、そこで発表したのが「Canarios Vivos」以来となる新作「Ciclos」。音楽シーンでの最初の復帰作がなんと2枚組、それもクラシック音楽のカバー作品だ。

Get On Your KneesLo mejor del ClanLibérateCanarios Vivos

■ Antonio Garcia de Diego - Guitar
■ Christian Mellies - Bass
■ Alain Richard - Drums, Percussion
■ Mathias Sanvellian - RMI & Fender Rhodes Electric Piano, Hammond Organ, Spinet, Piano, Violin
■ Teddy Bautista - Moog System P2, ARP 2600, EMS AKS, Minimoog, Mellotron, Keyboards, Vocals

■ Alfredo Carrion - Choral Arrangement & Conducting
■ Rudmini Sukmawati - Voice

上の記事中で触れたように、カナリオスは1960年代から音楽活動を展開してきたグループで、「Ciclos」以外にも作品を発表しているのだが、通常私達洋楽ロック・ファンが触れるのは「Ciclos」のみだろう。第一、「Ciclos」以外の作品が日本で入手出来るのかどうかさえ疑わしいし(私も「Ciclos」しか持っていない)、カナリオスの名前が例えばフランコ政権時代のスペインのポップスを研究しているようなコアなスパニッシュ音楽ファン以外に彼等の名前が浸透しているとは到底思えない。テディ・バチスタの兵役前と兵役後にガラリと音楽性が変わったと言われているカナリオスだが(注;現在のスペインでは徴兵制度は廃止)、恐らくは軍隊の集団生活の最中、スペイン国外のロック・ミュージックの類(例えばプログレッシヴ・ロック?)を聴いて感化された、というのが安易な発想であるが恐らく真実に近いだろう。バチスタのカナリオス以前の足跡がわからないのでなんとも言えないが、もしかすると本格的に音楽を学んだ経歴もあるのかもしれない。

さて、「Ciclos」のテーマはロックとクラシックの融合。1960年代の後半から多くのロック・バンドによって行われてきた普遍のテーマでもある。プログレッシヴ・ロックというジャンルの音楽を言葉通り解釈するのであれば、本来ならば既存の音楽形式に留まらずにアグレッシヴで実験的/野心的な試みが行われた挑戦的な音楽の事を指すのであろうが、いつしかプログレッシヴ・ロックは時代の変化と共に様式美的なシンフォニック・ロックとほぼ同意となってしまった。この”プログレッシヴ・ロック”なる言葉の解釈論を持ち出すと、それこそ千差万別、世代や好みの音楽の違いによって大きく意見が分かれると思うので、ここでは深く触れないが、少なくても1970年代前半の時点では、ロック・ミュージックのフィールドでクラシック音楽の要素を持ち込んだり、あるいはクラシック音楽そのものをロック・バンドが演奏する事は間違いなく”プログレッシヴ(進歩的)”であった筈である。

『「Ciclos」って、1974年のアルバムだぜ。1974年の時点でヴィヴァルディの”四季”をロック・バンドが演奏しても、もう既に”プログレッシヴ”なんかじゃなかった筈だ。』という意見も人によってはあろう。確かにそうだ。だが、待って欲しい。本作はフランコ政権が続いていた1974年に発表された作品だ(1975年にフランコは死去)。晩年はボケて世間から嘲笑の対象となっていたというが、いずれにせよ、抑圧された軍事政権下時代の1970年代前半に果敢に発表された作品という事に大変な意義がある。トリアナやグラナダを初め、アサアール、エロビ、アイスバーグ、イトイス、イツィアールといったロック・グループが同国国内で人気を獲得してスパニッシュ・ロック・シーンを盛り上げ始めるのも1975年以降である事を考えると、カナリオスが1974年の時点で「Ciclos」を完成させた事実は特筆に値する。カナリオスの「Ciclos」以前の音楽に対しては全く知識がないのだが、スパニッシュ・ロック勃興の足掛りとなった作品としても「Ciclos」の価値は重要だ。

演奏されるのは勿論ヴィヴァルディ作曲「四季」。オリジナルはヴァイオリン、ヴィオラ、更にチェロ、コントラバス、チェンバロなどによって構成された協奏曲だが、カナリオスはこの有名曲をベースにギターやベース、ドラムス、ハモンド・オルガン、シンセサイザー、メロトロンなどの楽器を加えて、よりダイナミズムな方向を目指している。クラシック音楽部分(声楽部分やオケの指揮)のアレンジを担当したのは当時スペイン国立歌劇団の監督を務めていたアルフレッド・カリオン。日本のプログレ・ファンには1976年のソロ作「Los Andares Del Alquimista」でお馴染みの人でもある。シンフォニック演奏には当時のスペインの国立歌劇のメンバーやオケを導入しているので演奏に抜かりはない。また、カナリオスは元曲の旋律をただなぞるだけに終始せず、ロック・バンドらしいダイナミックな演奏からジャズ風のメロディ、果ては前衛/実験音楽風の現代音楽風なアカデミック演奏まで披露して作品に華を添えている。フラメンコ・スタイルのアレンジ導入はご愛嬌。

基本原則カバー作品である為、オリジナル重視という点で考慮すれば、そこが評価の上でのマイナス材料となるかもしれないが、本格的な男女コーラスと本物のオーケストラを導入したシンフォニック・ロック作品としてはユーロ・ロック、いやプログレッシヴ・ロックの歴史上、最上位に位置する作品である事は間違いないだろう。ちなみに当時のオリジナル・レコードは片面に元曲に沿った「春」「夏」「秋」「冬」をそのまま収録した2枚組レコードとして発表されたが、CDは1枚に収録。それでもゆうに70分は超えている。1枚を通して聴くのはキツイと思われるかもしれないが、片面を聴き終えた後に盤面をひっくり返さなくてはならなかったレコード・ターンテーブルの時代とは異なり、(CDは通して聴く事が出来るので)以外と最後までスッキリと聴く事の出来る作品とも言える。私が持っているのは BMG ARIOLA 盤。他に韓国のレーベル、Si-Wan Records からもCDが登場している。

言語はスペイン語、ラテン語、英語。兎も角、凡百のプログレ・バンドが作曲した陳腐な楽曲とは比較する事すら烏滸がましい人類の歴史に永久に名を残す作品を恐れ多くも取り上げてしまったシンフォニック・ロック・アルバムだ。カナリオスによるプログレ然としたロック・セクションと男女コーラス隊による混声合唱やオーケストラによるクラシック・セクションとの対比/融合が見事。カナリオスがロック・バンドとしてのメンツを保つべく「春」「夏」「秋」「冬」の前面に渡って大活躍、というよりは国立歌劇のメンバーやアルフレッド・カリオンにかなり譲歩していると思われる部分もあって、カナリオス単独でこのような壮大なアルバムを作り上げる事は不可能であった事は、「Ciclos」の以前と以降に「Ciclos」同様の作品を作り出す事が出来なかった歴史が証明しているが、そこに触れるのは聊か野暮というものだろう。シンフォニック・ロック・ファンには勿論絶対のお奨め。ちなみに現在テディ・バチスタ氏はスペイン著作権協会(SGAE)で働く身の上だそうで。
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コメント
いつも当時の政治的見地を見逃さずに書いていらっしゃるのは
やはりコットンさんならではで、お勉強になります。
ありがとうございます。
【2007/09/09 00:56】 | evergreen #lHI8H0U6 | [edit]
コメントありがとうございます。軍事政権下であっても、こうした作品を発表しようと考えるアーティストのプロ根性には頭が下がる思いです。
【2007/09/09 12:25】 | Cottonwoodhill #- | [edit]












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