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 2000年05月 

benri-navi by myhurt

#0129 Animals / Animal Tracks (1965)

 2000-05-29
1. Mess around
2. How you've changes
3. Hallelujha I love her so
4. I believe to may soul
5. Worried life blues
6. Roberta
7. I ain't got you
8. Bright lights big city
9. Let the good times roll
10.For Miss Caulker
11.Road runner

Animal Tracks

1963年にヴォーカリストのエリック・バードンやオルガン奏者のアラン・プライスらを中心に結成されたブリティッシュ・ビート・バンド、アニマルズ(Animals)。1960年代前半の米国本土を席巻したブリティッシュ・インヴェイジョン台風の中核的存在の一つとして一時代を築き挙げたアニマルズはソウルフルなヴォーカル・スタイルが魅力のエリック・バードンの存在感にアラン・プライスのオルガン演奏、そして黒人音楽(ブルースやR&B)のエキスを積極的に盛り込んだ白人バンドとして1960年代のブリティッシュ・ロックの歴史を語る上で外す事の出来ない存在です。

だが、ビートルズ(EMI)やローリング・ストーンズ(英デッカ、米ロンドン)のようにアニマルズは一つのレーベルに定住する事なくレーベル移籍を繰り返してしまった為に、英米でアルバムが乱発、結果オリジナル作品の価値が下がってしまう羽目に。米仕様に統一されたローリング・ストーンズのようにCD時代に突入後どちらかの仕様に統一されればまだよかったが(これに関しても問題あるがここでは割愛)、そうではなかった為、事前に綿密な調査をしなければCDショップのアニマルズのコーナー(特に輸入盤))でアニマルズのCDを手にとっても???のマークが頭の中を駆け抜ける事になる。

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#0126 Traffic / John Barleycorn Must Die (1970)

 2000-05-28
1. Glad
2. Freedom Rider
3. Empty Pages
4. Stranger To Himself
5. John Barleycorn
6. Every Mother's Son

John Barleycorn Must Die

1996年イタリア・フランス合作によるヴァーチャル・リアリティ・タッチのSF映画『ニルヴァーナ』の劇中で印象的な使われ方をしたトラッド・ナンバー「John Barleycorn (Must Die)」を含む中期トラフィックの代表作「John Barleycorn Must Die」を取り上げたい。トラフィックは1967年に僅か16歳でスペンサー・デイビス・グループの一員としてデビューした青い目の天才ブルー=アイド・ソウル・シンガー、スティーブ・ウィンウッドが1967年にスペンサー・デイビスの元を離れて結成したバンド。

当時のメンバーはウィンウッドの他、デイヴ・メイソン、ジム・キャパルディ、クリス・ウッドの4人。1967年春にデビュー・シングルを発表した後、同年末に当時のサイケデリック・ミュージックからの影響を感じさせるデビュー・アルバム「Mr. Fantasy」を発表しています。しかしながら、メンバーそれぞれが確固たる音楽ポリシーを持つ才能高き音楽家であった為に衝突は激しく、特に元ヘリオンズのデイヴ・メイソンは結成当初から脱退&再加入を繰り返しています。1968年にはローリング・ストーンズにスワンプ・ロック・サウンドを導入させるキッカケとなったアルバム「Traffic」(プロデュースはジミー・ミラー)を発表。

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#0121 Hugh Cornwell / Guilty (1997)

 2000-05-24
1. One Burning Desire
2. Snapper
3. Nerves of Steel
4. Black Hair Black Eyes Black Suit
5. Hot Head
6. Endless Day Endless Night
7. Five Miles High
8. Sravandrabellagola
9. Long Dead Train
10. Torture Train
11. House of Sorrow

GuiltyGuilty
(2000/11/13)
Hugh Cornwell

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ストラングラースの創始者として、そしてサウンド・リーダーとして1990年の突如の脱退劇までバンドを支えてきたギタリストのヒュー・コーンウェル。バンドの前身バンドの時代から、ストラングラースとしてのデビュー、そして1970年代後半の人気絶頂期から1980年代と、常にバンドを率いていたのがヒュー・コーンウェルだった。1949年生まれの彼はブリストル大学で生化学の学位を取得した後スウェーデンの大学で学位を生かした研究をしていたが、音楽の夢を捨てきれずにロンドンに戻ってスウェーデン時代に行っていたバンドの活動を行うと画策する。このバンドがストラングラーズの母体となった。このバンドに元ヒジネス・マンのジェット・ブラックがドラマーとして、そしてフランス人の血を引くジャン=ジャック・バーネルが加入、そしてスウェーデンからヒューと一緒にくっついてきたギタリストのハンス・ワームリングらでギルドフォード・ストラングラーズとして活動を開始している。

1977年にデビューしてからのストラングラーズは母体の記事で確認してもらいたいが、過激なステージと凶暴な演奏、それに反比例するかのような高い音楽性を誇ったストラングラーズであったが、そのバンドをリードしていたのが創始者であるヒューである事に疑いの余地はないだろう。彼は1979年に最初のソロ作品「Nosferatu」を発表している。ロバート・ウィリアムスやディーヴォのメンバーの参加協力を得て製作された作品だが、ジャン=ジャックの特異な「Euroman Cometh」に比較するとヒューの「Nosferatu」で聴く事の出来るサウンドはストラングラーズそのものであったし、1980年代にヴァージンから発表された2枚目のソロ作品「Wolf」も、かなりポップな内容であったものの、格調性の高さは間違いなくストラングラーズだったからだ。残念ながら彼は1990年の「10」を最後に突然の脱退を発表してしまう。前身バンドの時代からバンドを支えてきた張本人だっただけに、残されたメンバーは『それは無いだろう』という気持ちだったには違いないだろうが。

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#0117 Gong / Flying teapot (1973)

 2000-05-22
1. Radio Gnome Invisible
2. Flying Teapot
3. The Pot Head Pixies
4. The Octave Doctors and the Crystal Machine
5. Zero the Hero and the Witch's Spell
6. Witch's Song: I Am Your Pussy

フライング・ティーポット(紙ジャケット仕様)

ごく初期のソフト・マシーンに在籍していたメンバーによって結成されたバンドであるが故に広義的にカンタベリー・シーンの枠の中で語られる事の多いバンド、ゴング(Gong)。フランスで結成されたのでフランスのバンドとしても扱われるゴングだが、その多様な音楽性は一つのジャンルや或いは何処そこの国の出身だから、という理由で語るには殆ど困難であると言える程のユニークな音楽性を誇る異色のバンドだ。バンドの中心的存在であるオーストラリア生まれ(1938年生まれ)の御大デイヴィッド・アレンがバンドの発起人であり中心人物である事には間違いないが、1970年代の途中でアレンが脱退した後にはドラマーのピエール・ムーランを中心としたテクニカルなジャズ・ロック・バンドへと変貌していく。

従って一口にゴングのアルバムが好き、といってもどの時期のゴングが好きかどうかによって意見も分かれよう。しかもピンク・フロイドのロジャー・ウォータースと違って、デイヴィッド・アレンは自分がいないゴングもゴングとして認めてしまうという懐の広い人物。だからゴングといってもデイヴィッド・アレンが存在するゴングもあればデイヴィッド・アレンの存在しないゴングも存在してしまうというややこしさ。更にゴングの名前を引き継ぐ本家の活動の番外編的な性質を持つバンド(アルバム)も多く存在する事で更にややこしくなる。元メンバーのソロ作品まで含めるとゴング関連の作品を全て網羅するのは正直フランク・ザッパやリック・ウェイクマンのアルバムをコレクションするよりも大変そうだ。

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#0114 Neu! / Neu! 2 (1973)

 2000-05-21
1. Fur Immer (Forever)
2. Spitzenqulitat
3. Gedenkminute (Fur a + K)
4. Lila Engel (Lilac Angel)
5. Neuschnee 78
6. Super 16
7. Neuschnee
8. Cassetto
9. Super 78
10. Hallo Excentrico!
11. Super

Neu 2

只ひたすら単調な電子ビートを刻み続ける悪夢のような音楽。ワビやサビ、ピアニシモやフォルテシモ、序章も終章も何もおかまいなく強烈なビートを延々と刻み続けるノイの音楽を最初に聴いた時、前例のないこの妙な音楽を一体どう評価してよいものか途方にくれたものでした。あれは1977年の春。テイチク(当時)から《電子美学》と名付けられて発売されたノイの2作目「Neu!2」を聴いた時の率直な感想でした。俗に《ハンマービート》と呼ばれる電子ビートを基本とし、更にそのサウンドを編集の段階でスピートを変えたり、エフェクトをかけたりと、アイデアの思いつくまま作り上げた、究極の右脳音楽。勿論こんな音楽を聴いたのはノイが初めてだった。呆れかえるやら、途方にくれるやら。で、当時のアナログ盤を直ぐに手放してしまった記憶がある。

ノイは初期のクラフトワークに参加していたミヒャエル・ローターとクラウス・ディンガーによって1971年頃に結成されている。オーガニゼイションのフローリアン・シュナイダーらと共に一時活動を共にしていた両名だが、自分達流の音楽を追求する為にクラフトワークを離脱してノイを結成した。最初の作品は1972年にブレインから発表された「Neu!」。ジャーマン・ロック界の重鎮コニー・プランクの手を借りて製作されている。翌年の1973年にも「Neu!2」を発表するが、ノイの方向性に疑問を持ち始めていたミヒャエル・ローターはノイ同様、ドイツのエレクロニクス界で活動していたハンス・ヨアヒム・ローデリウスとディーター・メビウスによるクラスターと意気投合、ノイとクラスターの音楽性が混在したハルモニアを結成し1974年にアルバムまで発表してしまった。

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#0115 Eric Idle / Eric Idle sings Monty Python (2000)

 2000-05-21
1. Spam Song
2. Meaning of Life
3. Money Song
4. Every Sperm Is Sacred
5. Accountancy Shanty
6. Meaning of Life Poem
7. I Like Chinese
8. Bruce's Philosophers Song
9. Men Men Men
10. Shopping
11. Sit on My Face
12. Penis Song (Not the Noel Coward Song)
13. All Things Dull and Ugly
14. Eric the Half
15. One Foot in the Grave
16. I Must Be in Love
17. Rock Notes
18. Galaxy Song
19. Medical Love Song
20. Always Look on the Bright Side of Life
21. Lumberjack Song (Encore)
22. Liberty Bell

Eric Idle Sings Monty Python

1943年英ダラム州サウスシールズ出身のエリック・アイドルという男はある時はコメディ集団モンティ・パイソンのメンバーの1人として、またビートルズのパロディ・バンド、ラトルズのメンバー役であるダーク・マックイックリーとして、そしてある時は俳優として沢山の映画に出演してきた。嫌味たらしい洒落たキャラクターがよく似合っていたエリック・アイドルが加わっていたコメディ集団モンティ・パイソンのTV番組『空飛ぶモンティ・パイソン』が1970年代に日本で最初に放送された時には広川太一郎がエリック・アイドルの声の吹き替えを担当していた影響だろうか、広川太一郎のアドリブの利いた吹き替えの声のイメージがエリック・アイドルのキャラクターとして今尚オーバーラップする。1970年代前半に日本で放映された時に私は同番組を見ていたのだが、ブラックなコントの数々にあっという間に魅了され、それ以来モンティ・パイソン関連映画や元メンバーが出演してきた映画は出来る限り見てきたと思う。

1969年にイギリス国営放送BBCの深夜放送枠で放送が開始したコメディ番組『空飛ぶモンティ・パイソン(Monty Python's Flying Circus)』は、放送直後からジワジワと人気を獲得、当初の予定を覆して第4シーズン、計40本以上の番組が制作され放送される事になる。メンバーはジョン・クリーズ、グレアム・チャップマン、エリック・アイドル、テリー・ジョーンズ、テリー・ギリアム、マイケル・ペイリンの6人。途中ジョン・クリーズが番組から降りてしまったが、代わりにアニメ画担当のテリー・ギリアムの出番が増え、そして元ボンゾ・ドッグ・バンドのニール・イネスも制作に参加するようになる。番組は1974年に終了してしまうが、その後エリック・アイドルは『ラトランド・ウィークエンド・テレビジョン』(英TV)や『ザ・ラトルズ/オール・ユー・ニード・イズ・キャッシュ』(米TV)という番組を制作、更にニール・イネスの協力を得てビートルズのパロディ・バンド、ラトルズを世に生み出した。

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#0109 Bill Wyman / Bill Wyman (1982)

 2000-05-19
1. Ride on Baby
2. A new fashion
3. Nuclear reaction
4. Vision
5. Jump up
6. Come back Suzanne
7. Rio De Janeiro
8. Girls
9. Seventeen
10.(Si Si) Je Suis un rock star

Bill WymanBill Wyman
(1997/02/18)
Bill Wyman

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ブリティッシュ・ロックの生きた伝説ローリング・ストーンズ。アンディ・ウォーホールのベロ・マークで有名な、この巨大なロックンロール・バンドが1963年にチャック・ベリーのカバー・ナンバーでシングル・デビューを飾った時、バンドのメンバーの中で一番の年長者であったのが1936年ロンドン生まれのベーシスト、ビル・ワイマンだった。ローリング・ストーンズといえば、やはり稀代のカリスマ・スターことミック・ジャガー、そしてジャガーの良き相棒キース・リチャーズに注目が集まってしまうのは仕方がない事だし、1960年代においてはただ一人金髪のメンバーだったブライアン・ジョーンズにも注目がいった。ブライアン・ジョーンズ亡き後に参加したミック・テイラーはジョン・メイオールのブルースブレイカーズに在籍していた経歴を持っていた事で玄人筋からも注目を浴びていたし、なにより彼はハンサムでもあった。

ミック・テイラーが脱退した後に参加したロン・ウッドはロッド・スチュワートのフェイセズやジェフ・ベック・グループにも参加していた経歴を持つ人物でストーンズに参加する以前に既に知名度も抜群だった。だが、ベースとドラムスのリズム・セクションについてはどうだろう。ビル・ワイマンが1993年に脱退するまでの実に30年もの間、ストーンズのリズム・セクションはビル・ワイマンとチャーリー・ワッツの2人でずっとずっと支えてきた。この事に関して私達音楽ファンは余りにもこれまで2人を過小評価してきた。勿論ロックンロール・ナンバーを書く事に関してはレノン&マッカートニーのコンポーザー・コンビすら遥かに上回るジャガー&リチャーズの前では自己のオリジナルティを発揮する事が極めて困難だった事は想像に難くない。だから1993年にビル・ワイマンが脱退した時の世間の反応だって、もうビルだって好き勝手に生きていいだろうと多くの人は思ったに違いない。

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#0092 Deep Purple / Machine Head (1972)

 2000-05-11
1. Highway Star
2. Maybe I'm Leo
3. Pictures of Home
4. Never Before
5. Smoke on the Water
6. Lazy
7. Space Truckin'
8. When a Blind man Cries

Machine Head

1970年代のハード・ロック界を人気・実力の面で牽引したバンドといえば、これはもう《飛行船号》レッド・ツェッペリンと《深紫》ディープ・パープル(Deep Purple)の他には存在しません。1970年代のハード・ロック・バンドといえば他にもブラック・サバスやユーライア・ヒープというバンドも存在した。強引に括ってしまえば、彼らを1970年代の英ハード・ロックを代表する4大ハード・ロック・バンドと呼んでもよいだろうが、実力の面は兎も角、人気の面ではサバスやヒープは少なくとも1970年代の時点では《飛行船号》や《深紫》に遠く及ばなかった。

そしてここ日本ではどうだったのか。世界的な規模での人気を考えると当然レッド・ツェッペリンであろうが、日本だけで限定して考えるとディープ・パープルの方が人気面で上を行っていたと記憶している。当時の私の周りにミーハーな人間ばかり(私自身もそうであったが)集まっていたのが原因かもしれないが、どちらかというと通好みのレッド・ツェッペリンに対して庶民向けのディープ・パープルといった区分けが(メンバーにとっては迷惑この上ないと思うが当時は現実だった)あったように記憶している。勿論これは彼らの音楽性を表面的に捉えた次元での比較。クラシック音楽からの影響が見え隠れするディープ・パープルの音楽性が低いといった話ではありません。

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#0081 I Pooh / Alessandra (1972)

 2000-05-06
1. La nostra eta difficile
2. Noi due nel mondo e nell anima
3. Mio padre, una sera
4. Nascero' con te
5. Io in una storia
6. Col tempo, con L'eta'e nel veto
7. Signora
8. Cosa si puo' sire di te.
9. Via lei, via io
10.Donna al buio, bambina al sole
11.Quando una lei va via
12.Alessandra

ミラノの映像

「イ・プー」と言われて貴方は何を思い浮かべますか。世界中に熱狂的なファンをもつ《ほのぼの系キャラ》の代名詞の一つ、くまのプーさん。あるいは最近なら某自動車メーカーのCMで登場するムーミンの出来そこないのようなキャラを思い浮かべる人が殆どだと思いますが、イタリアン・ロック/ポップスの好きな人、ユーロ・ロックの好きな人なら当然は勿論こちらの方が思い浮かぶ事でしょう。

イ・プー(I Pooh)、1966年にシングル・デビューを飾ってから今日まで30年以上も音楽活動を続けている息の長いイタリアのベテラン・バンド。勿論、バンドの名前の由来はくまのプーサン。ちなみに、プーの前の《イ(I)》とはイタリア語で男性名詞の複数系を指す定冠詞(英語でいう《ザ(The)》に相当)。故に彼等をプーと呼称するのが通常かもしれませんが、通常はイ・プーと呼ばれるのが普通です。

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#0082 Popol Vuh / Hosianna Mantra (1973)

 2000-05-06
1. Ah!
2. Kyrie
3. Hosianna-Mantra
4. Abschied
5. Segnung
6. Andacht
7. Nicht Hoch Im Himmel
8. Andacht

9. Maria (Ave Maria) [Bonus Track]

Hosianna Mantra

あのナチス・ドイツの時代に実際に存在したという予言者ハヌッセンと伝説の力持ちジシェの2人にスポットを当てた映画『神に選ばれし無敵の男』(2003年)やヴィム・ヴェンダース、アキ・カウリスマキ、ジム・ジャームッシュ、スパイク・リー、チェン・カイコーら世界の有名監督らが《時間》をテーマに10分の短編作品を提供した『10ミニッツ・オールダー 人生のメビウス』(2002年)などの映画で知られる、1942年旧西ドイツ(ミュンヘン)出身のヴェルナー・ヘルツォーク監督。1967年のデビュー作『生の証明』以来これまで20本以上の映画を監督(或いは出演)してきた。ドイツ人監督としてはデュッセルドルフ出身のヴィム・ヴェンダースの方が恐らく世界的には有名だが、比較してフリークスだのモンスターだの魔術師だのが登場するヘルツォーク作品はどうも日本ではイマイチ受けが悪い。

ヘルツォーク作品に馴染みのある俳優としてはクラウス・キンスキー(娘はナスターシャ・キンスキー)という個性派俳優の名前が即座に登場する。個人的に猛烈に大好きな映画『ノスフェラトゥ』(1978年)を初め、クラウディア・カルディナーレと競演を果たした『フィツカラルド』(1982年)、『アギーレ/神の怒り』(1972年)、『コブラ・ヴェルデ』(1988年)などの映画に出演したが、地顔で吸血鬼を演じて見せた『ノスフェラトゥ』での演技が余りに強烈だった。そしてもう一人、ヘルツォーク作品には無くてはならぬ存在がある。フローリアン・フリッケ(Florian Fricke)、その人だ。彼は個性派揃いのジャーマン・ロックの中にあっても独自性や特殊性を持っていたポポル・ヴーというバンドを率いて近年まで活躍していた人物だ(残念ながら2001年に死去)。マニュエル・ゲッチングがアシュラ・テンプルそのものとすればフローリアン・フリッケ=ポポル・ヴーである。

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#0079 Terry Riley / In C (1968)

 2000-05-05
1. In C

In C

1935年米カリフォルニア州生まれの現代音楽の作曲家にしてミニマル・ミュージックの大家テリー・ライリー(Terry Riley)。スティーヴ・ライヒ、フィリップ・グラス、ラ・モンテ・ヤングと共にミニマル・ミュージックと呼ばれる反復音楽の祖としてよく知られる偉大な作曲家の一人。20世紀現代音楽の音楽形態の一つであるミニマル・ミュージックとは簡単に言えばごく短いフレーズを反復させて音楽を構築させた音楽の事。現代音楽の前衛/実験的手法から飛び出したミニマル・ミュージックは今日ではロックや映画音楽、果てはポップスの世界にまで浸透しているのは先刻ご承知の通り。20年前ならミニマル・ミュージックなんて言葉、現代音楽のファンでもなければ誰も知らなかったに違いないが、今なら『ミニマル・ミュージックって何?』という人は存在しないに違いない。

テリー・ライリーを含めた4人(他にライヒ、ヤング、グラス)は一般的にミニマル・ミュージックの大家として括られる事が一般的なのですが、彼等の作品を聴けば判る様に、一口にミニマル・ミュージックといっても視聴後の感覚は随分と違うのですが、本サイトの管理人はは現代音楽を専門的に扱う程の知識も薀蓄も持ち合わせてはいないので、そこまでは突っ込みません。さて、このテリー・ライリー、ロック・ファンにとっては昔から結構名前の知られた人物。彼の作品「A Rainbow in Curved Air」から英国のプログレッシヴ・ロック・バンドのカーヴド・エアがバンド名として拝借した事は余りにも有名。また、幾多のプログレ系作品からテリー・ライリーからの影響を垣間見る事も多く存在する事は皆さんよくご承知の事実。

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#0048 This Heat / Deceit (1981)

 2000-05-04
1. Sleep
2. Paper hats
3. Thiumph
4. S.P.Q.R.
5. Cenotaph
6. Shrink wrap
7. Radio prague
8. Makeshift swahili
9. Independence
10.A new kind of water
11.HI-BAKU-SHOU

Deceit

鬼才デイヴィッド・カニンガム主催によるレーベル、ピアノ・レーベルを経由して発表されたデビュー作「This Heat」から20余年。20年という年月の経過を経て今や伝説と化した英国のエクスペリメンタルなロック・バンド、ディス・ヒート。アルバム・デビューが1979年で2作目の「Deceit」を発表したのが1981年。1982年には解散してしまったので実質彼等の活動は2~3年。いや、それでも伝説を築き上げるのには充分だった。チャールズ・ヘイワード、チャールズ・バレン、ガレス・ウィリアムスの3人によって構成されたディス・ヒートがアルバムを発表した時代はまさにニューウェーヴの時代。ストラングラーズやスティッフの一連のパブ・ロック系のアーティストがパンク・ロックやニューウェーヴ勢らと一緒に紹介されたように、当時のディス・ヒートもニューウェーヴ系アーティストの一つとして音楽メディアから紹介されていたものだったが、後世彼等に対する研究が進んだお陰で今では彼等をあの時期の新人アーティストと同列に評価する輩は少なくなった。

バンド時代の結成は1976年。だが、これより以前、チャールズ・ヘイワードとチャールズ・バレンの2人はロンドン・パンクやニューウェーヴが姿形も見えない1970年代の前半に知り合っている。プログレッシヴ・ロックが全盛期を迎えようとしていた時代だった。カンタベリー・ミュージックにそれ程詳しくなかった当時は気がつかなかったものだが、ドラマーのチャールズ・ヘイワードはロキシー・ミュージックのギタリスト、フィル・マンザネラのクワイエット・サンに参加していたドラマーで、ようするにカンタベリー・ミュージック・シーンに属する音楽家の1人だったのだ。ご承知の通りクワイエット・サンはフィル・マンザネラがロキシー・ミュージック参加以前に結成していたジャズ・ロック・バンドでソフト・マシーンから影響を受けていたバンドだったが結成当初はオリジナル作品を発表できずに解散、その後1970年代中盤のフィル・マンザネラのソロ作制作がキッカケで昔のメンバーが集結して「Mainstream」(1975年)という名作を発表している。

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#0028 Jethro Tull / A Passion Play (1973)

 2000-05-04
1. A Passion Play, Pt. 1
2. A Passion Play, Pt. 2

a. Lifebeats
b. Prelude
c. Silver Cord
d. Re-Assuring Tune
e. Memory Bank
f. Best Friends
g. Critique Oblique
h. Forest Dance
i. Story of the Hare Who Lost His spectacles
j. Forest Dance
k. Foot of Our Stairs
l. Overseer Overture
m. Flight from Lucifer
o. 10.08 to Paddington
p. Epilogue

A Passion Play

1967年にフルート奏者のイアン・アンダーソンを中心に結成され、翌1968年のアルバム「This Was」(邦題:日曜日の印象)でデビュー、以降トラッドやブルース、ジャズ、ロックンロールなどの要素を取り入れたロック・サウンドで一時代を築き挙げた、イギリスのロック・ミュージック史に残るシアトリカルな知性派バンド、ジェスロ・タル(Jethro Tull)。超A級のレベルのバンドでありながら、一般人には理解し難い幾つかのコンセプト・アルバムの影響なのか、難解なロック・バンドとして長く扱われてきたバンド。その為、ピンク・フロイドやキング・クリムゾン、イエス、レッド・ツェッペリンといった巨大バンドと肩を並べられる程の実力を持ちながら、人気の面ではB級に甘んじてきたバンドであります。

1970年代からどちらかと言えばアンダー・グラウンドな人気に支えられてきたバンドですが、そんなジェスロ・タルの活動が認められたのか、1988年に米グラミー賞でとんでもない賞が彼らに与えられました。、その賞とは《Hard Rock/Metal Instrumental》、対象となったアルバムは1987年にクリサリスから発表された「Crest of a Knave」というアルバム。この作品を含め1980年代以降のジェスロ・タルの作品は全く知らないので内容について言及する事は出来ませんが、アコースティックな質感を得意とする(と私は思っている)ルーツ志向のブリティッシュ・プログレッシヴ・ロック・バンドが何故に《HR/HM》なのか。まあ、答えはアルバムの中にあるのかもしれませんが。

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#0068 Gregorio Paniagua & Atrium Musicae de Madrid / Musique de La Grece antique (1979)

 2000-05-04
1. Anakrousis. Orestes Stasimo / Orestes Stasimo
2. Fragments de Contrapollinopolis
3. Premier Hymne Delphique a Appollon
4. Plainte de Tecmessa
5. Papyrus Wein 29825
6. Hymne au Soleil
7. Hymne a la Muse
8. Hymne le Nemesis
9. Papyrus Michigan
10. Aenaoi Nefelai
11. Epitaphe de Seikilos
12. Pean. Papyrus
13. Anonymi Bellerman
14. 1st Ode Pythique
15. Papyrus Oxrhynchus
16. Hymne Chretienne d'Oxyrhynchus
17. Homero Hymnus
18. Papyrus Zenon/Cairo Fragment
19. Terencio Hecyra 861
20. Poem Mor. 1
21. Second Hymne Delphique a Applon
22. Papyrus Oslo A/B Epilogos Kastasrophe

Musique de la Grece Antique

1944年スペイン(マドリッド)生まれの奇才グレゴリオ・パニアグア(Gregorio Paniagua)。アトリウム・ムジケ古楽合奏団というアンサンブルを率いて仏レーベルのハルモニア・ムンディ(Harmonia Mundi)から1979年に発表した超問題作「Musique de la Grece Antique」(邦題:古代ギリシャの音楽)を始め、日頃スポット・ライトを浴びる事のない(時にクラシック音楽ファンからさえも無視される傾向にある)《古楽》というジャンルの音楽を現代人の耳に浸透させた立役者の一人です。

《古楽》という音楽を簡単に説明します。一般論ですが古楽(Early Music)とは一般的にバッハ(バロック期に属する音楽家)以前に存在していた音楽の事を指す言葉。ようするに人類の歴史が始まってからバッハが登場するまでの期間に登場した音楽全て古楽(Early Music)と呼んでしまうのですから、音楽ジャンルの中では他に比べようもない程長大であると言えるのですが(かなり無理があります)、歴史の古い音楽は楽譜として残っているもが少ないのが現実であります。

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#0041 Who / Quadrophenia (1973)

 2000-05-04
1. I Am the Sea
2. Real Me
3. Quadrophenia
4. Cut My Hair
5. Punk Meets the Godfather
6. I'm One
7. Dirty Jobs
8. Helpless Dancer
9. Is It in My Head
10. I've Had Enough
11. 5.15
12. Sea and Sand
13. Drowned
14. Bell Boy
15. Doctor Jimmy
16. Rock
17. Love Reign O'Er Me

Quadrophenia

かつてはビートルズやローリング・ストーンズと共に1960年代のブリティッシュ・ロックを代表する3大バンドという言葉が悲しく響く程の絶望的な知名度だった最強ロック・バンド、フー(Who)。バンドのリーダー各だったギタリストのピート・タウンゼンドを筆頭に、ヴォーカル担当のロジャー・ダルトリー、生前は奇行ばかりがクローズ・アップされたドラマーのキース・ムーン、一見物静かだが実は凄い腕前のベーシスト、ジョン・エントウィッスルの4人によって構成されたフーは同時代・同世代のバンドの演奏を遥かに凌駕する圧倒的な演奏能力を武器に君臨したが、世間一般に判り易いヒット・シングルがなかったのが災いしたのか、人気の面ではさっぱりだった。

だが、特に1990年代以降の彼らの再評価は凄まじい。私が洋楽を聴き始めた1970年代の時点では私の身の周りにフーを聴いている人、いや、フーの名前を知っている人すら居なかった。まさにバンド名通りのフーな存在だった。近所のレコード店にもフーのレコードといえば「Tommy」しかなかった(1970年代の中期頃の話だ)。だからフーのレコードを入手する為には田舎から東京に上京して買うしか手段がなかった。私が1970年代に入手したフーのレコードは「Tommy」と、偶然母方の実家近くのレコード店で購入した「Live at Leeds」「Quadrophenia」、そして「Odds & Sods」「By Numbers」「Who are You」。1970年代の時点で私の周囲にこれだけフーのレコードを聴いていた人はいなかった。

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#0044 Area / CRAC! (1975)

 2000-05-04
1. L'Elefante Bianco
2. La Mela di Odessa (1920)
3. Megalopoli
4. Nervi Scoperti
5. Gioia e Rivoluzione
6. Implosion
7. Area 5

Crac

デビュー作品の発表からカウントすると実際の活動期間は10年にも満たないのだが、1970年代のイタリアン・ロックを語る上で外す事の出来ないバンドの一つがカリスマ的な存在感を誇ったディメトリオ・ストラトス率いる屈指の実力派バンド、アレア(Area)だ。イタリアン・ロックの歴史を語る際、正攻法としてはマンティコアから世界デビューを果たしたPFMを筆頭にバンコやレ・オルメ当りの音楽をまずは語るのが真っ当であろうが、どっこい、このアレアの存在も忘れてはならない。このアレアというバンドはロックの範疇で語る事は勿論、そのアグレッシヴで斬新な音楽性故、現代音楽の変種としても聴かれる事がままある。例を挙げれば、音楽評論家の長岡鉄男氏も風変わりなイタリアの現代音楽の一種としてオーディオ雑誌で取り上げた事もあった。

バンドのリーダーは勿論ディメトリオ・ストラトス。ギリシャ人の両親を持つディメトリオ・ストラトスは1945年にエジプト(アレキサンドリア)で生まれている。ギリシャの首都アテネでクラシック音楽の勉強を重ねた後はイタリアに移り、そして今度はミラノの理科系の大学に進学しているが、1960年代後半にイ・リベッリ(I Ribelli)というビート・バンド(アルバムも発表されているようだ)にまずはキーボード奏者の一人として属する事からプロの音楽家としての道を歩み出している。このバンドの後はヌメロ・ウノとソロ契約を果たして1972年にシングル「Daddy's dream / Since you've been gone」を発表しているが同年暮れにはアレアを結成、当時新進気鋭の前衛レーベルだったクランプスと契約を結んでいる。

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#0023 Kraftwerk / Autobahn (1974)

 2000-05-04
1. Autobahn
2. Kometenmelodie 1
3. Kometenmelodie 2
4. Mitternacht
5. Morgenspaziergang

Autobahn

後世の音楽界に与えたインパクトの大きさはあのビートルズさえ遥かに上回る、と見方次第によっては正当化されるドイツの偉大なエレクトロニクス・ユニット、クラフトワーク(またはクラフトヴェルク)。仮にもしこのバンドが世の中に登場していなかったら今現在の音楽シーンは全く違ったものになっていたに違いない。なにしろ、クラフトワークが登場する前にはクラフトワークのようなバンドはポピュラーシーンには存在しなかったのだから。エクスペリメンタルなサウンドを構築する手段の一つとして電子音楽を利用したポピュラー畑のアーティストはクラフトワーク以前にも勿論存在した。初期のクラフトワークにも影響を及ぼしたと思われるシメオンとダン・テイラーによるエクスペリメンタル・デュオ、シルヴァー・アップルズもその一つだ。

前身バンドであるオーガニゼイション時代や結成当初の頃などは実験バンドの域を出ないバンドであったが、1974年の「Autobahn」で彼等は大ブレイクする。エレクトロニクスを前面に歩し出したポップス作品など、当時の常識では有り得なかった時代に「Autobahn」は登場する。プログレがまだ売れる時代ではあった事も追い風にはなったのだろうが、規格外の音楽「Autobahn」はなんと全米5位(全英4位)を記録する成功を収めるに至る。世界初、いや人類の歴史上初めてのテクノ・ポップの誕生である。この1枚でクラフトワークはタンジェリン・ドリームやノイ、クラスターといった母国のエクスペリメンタル偏重のエレクトロニクス勢とは次元の違う道を歩み出す事になる。その後のニュー・ウェーヴもインダストリアルもニュー・ロマンティックもシンセ・ポップもアンビエント・ポップもハウスもエレクトロニカも「Autobahn」の存在なくして世に登場しなかったと断言出来るだろう。

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#0031 Stranglers / The Raven (1979)

 2000-05-04
1. Longships
2. Raven
3. Dead Loss Angeles
4. Ice
5. Baroque Bordello
6. Nuclear Device
7. Shah Shah a Go Go
8. Don't Bring Harry
9. Duchess
10. Meninblack
11. Genetix

12. Bear Cage (Bonus Track)

The Raven

かつてあれほど騒がれていた筈のバンドだったのにパンク・ロックのブームが過ぎ去ると潮が引くかのように人気も急落してしまったのがストラングラーズだ。かつてはこのストラングラーズを含め、ダムド、クラッシュ、セックス・ピストルズ、ジャムがパンク・ロックの代表格などと呼ばれていたものだが、こういう呼び名称はブームとしてのパンク・ロックの衰退が早かった為に、あっという間にすたれてしまったものだ。これらのバンドの中で唯一現役のバンドとして活動を続けているにも関わらず、彼等に対する評価は著しく低い。母国英国での人気はヒューが抜けた後でも相変わらずだそうだが、日本での彼等の現在での知名度の低さは呆れる程だ。パンク・ロックの衰退、そして時代が1980年代サウンド主流へ映り変わる際にも彼等はレベルの高い作品を生み出していたのに、である。

ストラングラーズは1974年頃にギタリストのヒュー・コーンウェル(1949年生まれ)、ベーシストのジャン=ジャック・バーネル、ドアーズ張りのキーボード演奏が得意なデイヴ・グリーンフィールド、ドラマーのジェット・ブラックらによって結成されている。結成当時彼等はギルドフォード・ストラングラーズと名乗っていたそうで、ごく初期にはヒューの友人がギタリストとして加わっていた。当時は勿論ロンドン・パンクの時代ではなく、プログレッシヴ・ロックやハード・ロックをやらない連中にとってはパブ・ロックの時代でもあった。その後バンド名をストラングラーズと改め1977年に最初の作品「Rattus Norvegicus」を United Artists より発表している。ちなみに当時不思議に思っていたジャケットの IV という文字だが、これは彼等が活動を開始してから4年目であったという意味であった。勿論この時期、彼等がデビューを果たした時期というのはパンク・ロックの年でもあった。

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#0019 Jean Jacques Burnel / Euroman Cometh (1979)

 2000-05-04
1. Euroman
2. Jellyfish
3. Freddie Laker (Concorde and Euronus)
4. Euromess
5. Deutschland Night Uber Alles
6. Do the European
7. Tout Comprendre
8. Triumph (Of the Good City)
9. Pretty Face
10. Crabs
11. Eurospeed (Your Own Speed)

12. Ode to Joy/Do the European
13. Deutschland Nicht Uber Alles
14. Eurospeed
15. Crabs
16. Tout Compresendre
17. Freddie Laker (Concorde and Eurobus)
18. Jellyfish
19. Triumph (Of the Good City)
20. Euroman

Euroman Cometh

1977年の「Rattus Norvegicus」以来、1度もバンドを抜けずにベーシストとしてバンドを支え続けている、1952年フランス生まれのジャン=ジャック・バーネル。キーボード奏者のデイヴ・グリーンフィールド同様、デビュー当初から今日まで同バンドのサウンドの特徴でもあるタイトなベース・ラインを支えてきた、同バンドに欠かす事の出来ない存在として君臨してきた。デビュー当初は兄貴風情のヒューの弟分的な存在として当時のファンからは見えていたが(童顔だから余計そう見えた)、日本の作家三島由紀夫からの影響をインタビューの席でも明らかにするなどの発言をしていた影響からなのか、青臭い10代の洋楽ファンからは、一段高い次元にいる音楽家として見られていた気がする。何を隠そう私もそうで、1970年代の後半、ストラングラーズが熱狂的に好きだったが、ジャン=ジャックは他のパンク・ロッカーやニュー・ウェーヴの連中よりも高い位置にある音楽家だと思っていた。

こうした思いは1980年代を超えてからも彼等に対してずっと思い込んでいて、ストラングラーズの音楽的リーダーはジャン=ジャック・バーネルで、バンドの音楽性を支えているのも彼であると考えていたのであるが、1990年のヒュー脱退の後、急速に彼に対する私の頭の中でのランクや期待感は消え失せてしまった。ストラングラーズはそれまでのアルバムで誰が作詞/作曲を担当していたのかを明らかにせず(クレジットはバンド名義)、従ってストラングラーズのサウンドを構築していたのはベースのジャン=ジャック・バーネルとキ-ボードのデイヴ・グリーンフィールドだと、ずっと思っていたが、ヒュー脱退後の作品のレベルの低さを知って、初めてこのバンドはヒューのバンドだったんだ、と知ったのである。これは私にとっては少々衝撃だった。類稀なる個性的なベーシストであるとの評価は個人的には(今もって)揺らぎはないのが、作曲能力に置いてもジャン=ジャックがリーダー・シップを握ってと考えていたのだから。

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#0101 The Rutles / Archaeology (1996)

 2000-05-04
1. Major Happy's up and Coming Once upon a good time band
2. Rendezvous
3. Questionnaire
4. We've Arrived! (And to Prove It We're here
5. Lonely-Phobia
6. Unfinished Words
7. Hey Mister!
8. Easy Listening
9. Now She's Left You
10. Knicker Elastic King
11. I Love You
12. Eine Kleine Middle Klasse Musik
13. Joe Public
14. Shangri-La
15. Don't Know Why
16. Back in '64

Archaeology

1978年にラトルズという名のバンドのアルバム「The Rutles」が発表されたが、これは元ボンド・ドッグ・バンド(以下ボンゾス)のニール・イネスとコメディ集団モンディ・パイソンの人気者エリック・アイドルの2人が企てたパロディ・プロジェクト。発端はエリック・アイドルとアイドルに誘われたニール・イネスが制作した音楽とコントの番組「Rutland Weekend Television」(1975-1976)。この番組の中で登場したビートルズのパロディ・バンドがカルト的な人気を獲得、これが成長する形で誕生したのがラトルズだった。何度も書いて恐縮だが、ニール・イネスはボンゾ・ドッグ・ドゥー・ダー・バンド(後にボンゾ・ドッグ・バンドと改名)の一員として1960年代の英国の音楽シーンの裏道を歩んできた人。ビートルズのTV映画や後にモンティ・パイソンとなる役者達と競演した子供向け番組、そして番組の中から生まれてきたヒット・ソングなどにより日陰者の立場から1960年代の後半にはスポット・ライトを浴びるまでに至った音楽家。

喜劇役者エリック・アイドルは1943年英北部のダラム州サウスシールズ出身。ケンブリッジ大学在学時代は英文学を専攻していたが、在学時代に学生劇団に入部して役者としての基礎を学んでいる。エリック・アイドルは卒業後にショー・ビジネスの世界に進出したようだが、1960年代の中後半から末にかけて「The Frost Report」「Do Not Adjust Your Set」といったTV番組に出演している。特に1968年から1969年にかけて放映された子供向け番組「Do Not Adjust Your Set」が重要で、この番組でエリック・アイドルはビートルズのTV映画『Magical Mystery Tour』に出演して一躍時の人となったニール・イネスを始めとするボンゾズのメンバーやマイケル・ペリン、テリー・ジョーンズ、テリー・ギリアムといった人達と競演している。ボンゾズ以外のメンバーは後にジョン・クリーズやグレアム・チャップマンと組んでモンティ・パイソンを結成した事は周知の事実である。

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#0056 Zamla Mammaz Manna / Schlagerns mystik + For aldre nybegynnare (1978)

 2000-05-04
1. At Ragunda
2. Seasonsong
3. Proffesion is the Amateur's Glue
4. Buttonless
5. Not Margareta
6. Little Karin
7. Asphaltsong
8. Joosan Lost
9. The Fate

1.Watchmaker 1
2.Watchmaker 2
3.The Funktrap
4.Short Inheritance
5.The Modern
6.Temporal You Are
7.Harness in Memoriam
8.To the Oval Meter
9.Do You Think Like Me?

Schlagerns Mystik (Reis)

ヴァージン・レコーズからレコード契約を打ち切られたヘンリー・カウが産業音楽界に背を向けて立ち上げた反体制音楽運動RIO(Rock in Opposition)に関わったバンドの中で、1990年代以降最も評価を上げたバンドと思われるのが北欧スウェーデン出身のユニークなアヴァンギャルド・ロック・バンド、サムラ・マンマス・マンナ(ツァムラ・マンマス・マンナ)。中心メンバーのラーシュ・ホルメルの1980年代以降の精力的なソロ活動が功を奏したのかもしれませんが、今日では北欧RIO/レコメン系サウンドの最高峰に位置するアヴァンギャルド・ロック・バンドという評価が確定した感があります。

RIOに参加したバンドといえばユニヴェル・ゼロ、アール・ゾイド、エトロン・フー・ルルーブラン、ストーミー・シックスらのバンドを思い浮かべますが、シリアスで難解なイメージをリスナーに与えるユニヴェル・ゼロやアール・ゾイドのようなチェンバー・ロック・バンドに対して、スウェーデンのサムラ・マンマス・マンナはフランス代表のエトロン・フー・ルルーブラン同様、ユーモラスなサウンド表現手法を用いてリスナーの心を虜にしたタイプのバンドでありました。変拍子たっぷりのプログレシッヴ・ロックやジャズ・ロック的アプローチに加え、北欧の民族音楽のスタイルを取り入れた独自のサウンドを築き上げたものです。

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#0178 Ensemble Nimbus / Garmonbozia (2000)

 2000-05-04
1. Three stories from the blue cage
2. Song for Salman
3. Specific curtain
4. Radiant brains
5. Emergency landing
6. Ducks in paradise
7. Absolute zero
8. Turmoil
9. The arrow of time
10.Rouge moon
11.Scapegoat
12.Tornade hunting
13.Anita's scarf
14.Nose oainting

Garmonbozia

北欧レコメン系アヴァンギャルド・ロックの最高峰サムラ・マンマス・マンナのオリジナル・ドラマーとして活躍したハッセ・ブルニッセン(Hasse Bruniusson)がメンバーの一人として在籍している事でも知られるスウェーデンのアヴァンギャルド・ロック・バンド、アンサンブル・ニンバス(Ensemble Nimbus)。ハッセ・ブルニッセンといえば元カイパのギタリスト、ロイネ・ストルト主導によるシンフォニック・ロック・バンド、フラワー・キングスにも籍を置いている事でも知られています。

変則アヴァンギャルド・ロックのアンサンブル・ニンバスとシンフォニック・ロックのフラワー・キングスという、サウンド・スタイルの異なる2つの実力派バンドに籍を置き、尚且つ2つのバンドの中心的存在として活躍してしまうのだから凄まじい。1999年のサムラ復活作「Kaka」にも参加していたので、この時点でサムラ・マンマス・マンナ、フラワー・キングス、アンサンブル・ニンバスという3つのバンドに籍を置いていた事になります。北欧代表としてRIOフェスティヴァルに参加したサムラ・マンマス・マンナのオリジナル・ドラマーという肩書きは伊達ではないようです。

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#0051 Third Ear Band / Alchemy (1969)

 2000-05-04
1. Mosaic
2. Ghetto
3. Druid one
4. Stone circle
5. Egyptian book of the dead
6. Area three
7. Dragon line
8. Lark rise

Alchemy

ジャンル的には《プログレッシヴ・ロック》の範疇に入るバンドであるのですが、このバンド程、【ロック】という言葉に似つかわしくないバンドはロック・ミュージックの歴史上存在しないかもしれません・サード・イアー・バンド(Third Ear Band)。1960年代後半の英国の音楽シーンに突如として現れ、1970年代の中盤に活動を停止するまで当時の音楽ファンの視聴感覚を麻痺し続けた、本当の意味でのプログレッシヴ・ロック・バンド。ブリティッシュ・ロックの中においても孤高の存在として一目置かれているエクスペリメンタエル・バンドです。

アヴァンギャルド・ロックの最高峰ヘンリー・カウの尽力により一般の音楽ファンの知る所となった世界各国のRIO/レコメン系サウンド。クラシック音楽の室内楽的なアプローチをロック・バンドの体制で追及したサウンド、即ちチェンバー・ロックと呼ばれるジャンルの音楽はユニヴェル・ゼロやアール・ゾイド、アクサク・マブール、ZNR、といったバンドによってその存在を知らしめる事になりましたが、このサード・イアー・バンドというバンドは1960年代という時点で既に、そうしたチェンバー・サウンドの要素を用いて音楽を表現してみせた画期的なバンドでもありました。

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#0047 Etron Fou Leloublan / Batelanges (1977)

 2000-05-04
1. L'amulette et le petit Rabbin
2. Sololo Brigida
3. Yvett'Blouse
4. Madame Richard Larika
5. Histoire de Graine

Batelages (US Import)

所属レコード会社のヴァージン・レコーズからの契約解除という不幸な出来事をキッカケとして行われたヘンリー・カウ主導による反体制音楽祭《RIOフェスティヴァル》にストーミー・シックス、ユニヴェル・ゼロ、サムラ・マンマス・マンナらと共に参加したフランスのアヴァンギャルド・ロック・バンド、エトロン・フー・ルルーブラン(Etron Fou Leloublan)。ユニヴェル・ゼロやサムラ・マンマス・マンナらがプログレッシッヴ・ロック史上に確固たる地位を既に獲得している現実があるにも関わらず、今現在エトロン・フー・ルルーブランの知名度は哀しい位に寂しいレベルであります。

ユニヴェル・ゼロやサムラ・マンマス・マンナ、或いはアール・ゾイドといった連中のCD復刻化と比べるとエトロン・フー・ルルーブランの単品CD化はつい最近まで進んでおりませんでした。アナログ・ターンテーブルを持たぬ人にとってはエトロン・フー・ルルーブランの音楽を聴こうと思った場合、従来は1991年に発表された3枚組編集盤「43 Songs」を聴かねばならなかったのですが、これが入手しづらく、また、そのCDも1979年に発表されたライヴ盤「En Public Au Etats-Unis d'Amerique」を除外した5枚のスタジオ作品を強引に3枚のCDに収録した有様。こうした体裁の編集盤CDは洋楽盤によくありがちなのですが、細かい事を気にする日本人にとっては、こうした編集作業は非難の対象でしかありません。

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#0063 Eels / Daisies of the galaxy (2000)

 2000-05-04
1. Grace Kelly blues
2. Packing blanket's
3. The sound of fear
4. I like birds
5. Daisies of the galaxy
6. Flyswater
7. It's a motherfucker
8. Estate sale
9. Tiger in my tank
10.A daisy through concrete
11.Jeannie's diary
12.Wooden nickels
13.Something is sacred
14.Selective memory

Daisies of the Galaxy

《ドル箱監督》スティーヴン・スピルバーグ率いる大手映画会社のドリームワークスが運営する音楽部門に所属して音楽活動を展開するアメリカのギター・ポップ/ロック・バンド、イールズ(Eels)にとって通算3枚目のスタジオ・アルバムである「Daisies of the galaxy」を取り上げたい。1995年にカリフォルニア州LAで結成されたイールズのリーダーである(E)(本名:マーク・オリヴァー・エヴェレット、1963年ヴァージニア州出身)はイールズ結成以前の1990年代前半から実はソロ活動を展開してきた人物。

1990年代前半にカリフォルニア(LA)に移ってきた(E)は1992年に「A Man Called (E)」というソロ・アルバムをポリドールから発表、翌1993年に2作目のソロとなる「Broken Toy Shop」を発表する傍ら、LAで知り合ったトミー・ウォルター(ベース)、ブッチ・ノートン(ドラムス)とバンドを結成してソロ活動と並行して音楽活動を展開しています。これがイールズ。1995年にダスト・ブラザーズのマイク・シンプソンと知り合った事からドリーム・ワークスと契約を果たしたイールズは翌1996年にデビュー・アルバムとなる「Beautiful Freak」を発表する事になります。

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#0018 Stackridge / The Man in a Bowler Hat (1974)

 2000-05-04
1. Fundamentally Yours
2. Pinafore Days
3. Last Plimsoll
4. To the Sun and Moon
5. Road to Venezuela
6. Galloping Gaucho
7. Humiliation
8. Dangerous Bacon
9. Indifferent Hedgehog
10. God Speed the Plough

The Man in the Bowler Hat

ビートルズの遺伝子を引き継いだバンドとして知られるイギリスはブリストル出身のブリティッシュ・ロック・バンド、スタックリッジ(Stackridge)。田舎臭い純朴なサウンドが真骨頂であったため、時に《田舎のビートルズ》などとも呼ばれた事もあった良質なポップ・バンドだ。ビートルズ・テイスト(ポール・マッカートニー・テイスト)溢れるサウンドが好きな方にはビートルズの音楽プロデューサーでもあったジョージ・マーティンが彼等の作品をプロデュースした事でもよく知られている。

ビートルズのサウンドにトラッド/フォーク色を加味したようなサウンドが特色のスタックリッジが結成されたのは1970年代初頭の事。当時のメンバーはのちにコーギスというポップ・バンドを結成する事になるアンディ・デイヴィス(ヴォーカル、ギター)とジェイムズ・ウォーレン(ベース)の2人にマター・スレイター(フルート)、マイク・エヴァンス(ヴァイオリン)、ビリー・スパークフル(ドラムス)を加えた5人編成。ギター、ベース、ドラムスの基本セットにフルート奏者やヴァイオリン奏者を正式メンバーに加えた布陣に彼等の音楽に対する姿勢が見え隠れする。

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#0069 Philip Glass / Powaqqatsi (1988)

 2000-05-04
1. Serra Pelada
2. Title
3. Anthem, Pt. 1
4. That Place
5. Anthem, Pt. 2
6. Mosque and Temple
7. Anthem, Pt. 3
8. Train to Sao Paulo
9. Video Dream
10. New Cities in Ancient Lands, China
11. New Cities in Ancient Lands, Africa
12. New Cities in Ancient Lands, India
13. Unutterable
14. Caught!
15. Mr. Suso #1
16. From Egypt
17. Mr. Suso #2 with Reflection
18. Powaqqatsi

Powaqqatsi (1988 Film)

ロシア系ユダヤ人の血を弾き継ぐ1937年米ボルティモア出身。20世紀を代表するアメリカの現代音楽作曲家フィリップ・グラス(Philip Glass)の名前は現代音楽(特にミニマル・ミュージック)の好きな方だけでなく、一般の音楽ファンにもある程度知られた存在であると推察できる。それもその筈、フィリップ・グラスは現代音楽のフィールドだけに終始する事なく、ポピュラー音楽の世界にも進出、更に映画音楽の世界でもフィリップ・グラスの音楽は広く知れ渡っている。

グラスの名前を一躍メジャーなものとした『コヤニスカッティ』(1983年)を筆頭に、『Mishima: A Life in Four Chapters』『海辺のアインシュタイン』『ハンバーガー・ヒル』『キャンディマン』『シークレット・エージェント』『The Thin Blue Line』『Powaqqatsi』『クンドゥン』『トゥルーマン・ショー』などの幅広いジャンルの映画で起用されている。『コヤニスカッティ』の存在は私にとっても重要で、私の音楽人生においていち早くのめり込んだ記憶がある現代音楽作品だった。

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#0037 Pink Floyd / Atom Heart Mother (1970)

 2000-05-04
1. Atom Heart Mother
2. If
3. Summer '68
4. Fat Old Sun
5. Alan's Psychedelic Breakfast

Atom Heart Mother

ピンク・フロイドがプログレか、プログレがピンク・フロイドか。今更正面きって紹介するのも恥ずかしい位の超メジャーなビック・ネーム、それがピンク・フロイドだ。イギリスの、というよりロックの歴史を語る上で絶対に外してはならない存在である事は誰もが認める程であります。私個人的にもピンク・フロイドはジェネシスとほぼ同時期に聴き始めた最初のプログレッシヴ・ロック系バンドであった為、思い入れもあります。「原子心母」「おせっかい」「狂気」等々、邦題でのタイトル名が広く浸透しているバンドでもあります。昔から日本でも人気の高いバンドでした。

だが昔からピンク・フロイドの先進性に関してはとやかく言われてきたのも事実。得にロバート・フリップを神と崇めるキング・クリムゾンの熱狂的ファンからは厳しい意見が浴びせられる事が多かったと記憶している。高校生の頃には私が「原子心母」「おせっかい」など、ピンク・フロイドのファンである事が判ると、一段レベルの低い人間として扱われた事もあった。だが彼等が初期の頃から取り込んできた実験精神は他のアーティストを遥かに凌駕するレベルであった事は紛れもない事実。キング・クリムゾンやイエス、ジェネシス、ELPなどのバンドのサウンドと比較してもずば抜けて個性的であった事は否定出来ない。

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#0024 Der Plan / Die Peitsche des Lebens (1990)

 2000-05-04
1. Es werde Licht
2. Die Peitsche des Lebens 
3. Anders sein 
4. Wenn wir beide auseinandergehen 
5. Kathdrale der Konzentration 
6. Alles ist sinnlos
7. Alter Mann
8. Wir Babies 
9. Kleiner Junge 
10.El Cigarro
11.Live at the Village Vanguard
12.Das Bose kommt auf leisen Sohlen
13.Simple Simple
14.Erst ich dann Du
15.Spiel 77
16.Das war so schon
17.Vive la vie

Die Peitsche Des Lebens

1979年に独デュッセルドルフで結成されたユーモラスなロック・バンド、デア・プラン(ダー・プラン)が1993年にデッチあげの擬似ライヴ盤「Live at the Tiki-Ballroom 」を発表して以来、およそ7年程活動を停止している。このバンドは1970年代初期から音楽活動を展開している米アンダーグランド・ロックの雄レジデンツから毒の部分を軽くしてユーモアやキュートな部分をクローズアップさせたサウンドで所属レーベルの Ata Tak 同様に一時期一世を風靡したバンドだ。バンド自体が長らく活動を休止させていることもあってか、現在の日本では既に忘れ去られてしまった感もあるバンドだが、そのユニーク極まりないサウンドに、新作を待ち続けている隠れファンも多い事だろう。

ジャーマン・ニューウェーヴ・シーンを代表するレーベルの一つとして知られている Ata Tak(Art Attack) はデア・プランのメンバーでもあるフランク・フェンスターマッハー(Frank Fenstermacher)とモーリッツ・ライヒェルト(Moriz Rrr)によって1978年に設立された自主レーベル。デア・プランの作品やソロ作、アンドレアス・ドラウの作品など、主にオバカ系サウンドを屋台骨としていた超マニアックなレーベル。そのレーベルの中心的存在だったのが言うまでもなくデア・プランだった。サウンドにユーモア精神を盛り込んだバンドはこれまでロック界には多く登場してきたが、デア・プランの場合は『クスッ』と微笑んでしまうような軽いネタが中心だった為、レジデンツやフレンク・ザッパに抵抗感を示す人でも気楽に聴く事が出来るのが特徴だ。

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