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#1153 フラワー・メグ / ささやき・ためいき・もだえ (1972)

 2007-05-17
1.ジュテーム
2.さすらいのギター
3.恋心
4.サン・トワ・マミー
5.この胸のときめきを
6.死ぬほど愛して
7.ナオミの夢
8.別離
9.雪が降る
10.オー・シャンゼリゼ
11.ラスト・ダンスは私に
12.けものの眠り

13.あの日のように雨が降る (Bonus Track)
14.別れの唄がきこえる (Bonus Track)
15.ベッドにばかりいるの (Bonus Track)
16.そして二人はラ・ララララ (Bonus Track)

フラワー・メグ ささやき・ためいき・もだえ+4

1971年に2枚のシングル、1972年に1枚のアルバムを発表しただけであっさりと引退してしまった伝説のセクシー歌手、フラワー・メグ。中公新書ラクレ発刊《アグネス・ラムのいた時代》にも名前が登場するフラワー・メグは過激な活動姿勢で当時の殿方を大いに惑わせた女性だったらしいが、1年程の表舞台での活動後、引退~結婚という道を選んで潔く芸能界を去ってしまったのだという。ハワイ出身のグラビア・アイドル、アグネス・ラムが日本で人気を獲得したのが1970年代の中期以降だからフラワー・メグが活動していたのはそれ以前。昔の記憶を紐解く意味で1971年がどんな年だったのかを調べてみたいが、GSブームの中心的存在だったザ・タイガースが解散したこの年、私はまだ小学生。だが、1960年代からTVにかじり付いていた私はこの時期のTV番組や子供向け劇場特撮映画なんかもよく覚えている。怪獣映画の2枚看板、ゴジラは『ゴジラ対へドラ』、ガメラは『ガメラ対深海怪獣ジグラ』という映画で姿を登場させた。

特に印象深いのは『ゴジラ対へドラ』の方で、当時社会問題となっていた公害にスポットを当てた異色の内容。子供向け特撮映画の体裁を採っていながら、社会風刺を盛り込むなど当時としては画期的な内容に仕上がっていた。アニメの世界では天才バカボンふしぎなメルモ、ゲゲゲの鬼太郎(カラー)、ルパン三世、アパッチ野球軍国松さまのお通りだい、が放映開始、バカ役者、じゃなかった、役者バカの藤岡弘を一躍お茶の間の人気者に押し上げた仮面ライダーも1971年から始まった。スポーツの世界では川上監督率いる巨人軍が阪急を下して7連覇を達成。王選手が阪急の若きエース、山田久志から放った9回裏の逆転サヨナラ3ランは今も記憶に残っている。プロレスの世界ではアントニオ猪木が日本プロレスを終われて新日本プロレスを旗揚げしたのもこの時期だ。そう、1970年代当時、PTAから俗悪番組として目の仇にされていた「TVジョッキー」も1971年に放映が開始されている。初代司会は土居まさるでアシスタントは「ハレンチ学園」での柳生みつこ役でも知られる児島美ゆきが担当した。
この時期は私が本格的に洋楽を聴く以前の時代で音楽と言えばTVで流れる音楽が私の全てだった。1971年にヒットした、また逢う日まで、知床旅情、傷だらけの人生、よこはま・たそがれ、雨のバラード、さらば恋人、恋人もいないのに、空に太陽がある限り、戦争を知らない子供達、地球はひとつ、真夏の出来事、お世話になりました、さらば涙と言おう、水色の恋、わたしの城下町、17才、といった当時のシングル・ヒットは今でも記憶の片隅にしっかりと焼き付いている。そう、私はこの時期歌謡曲に夢中だった。この中のいくつかは少ない小遣いを貯めてシングル盤を購入した記憶まである。TVにおける音楽情報の主たる入手先はザ・ドリフターズによるコントとゲスト歌手の歌で構成されていた『8時だョ!全員集合』。この番組の歌の場面ではデビューしたてのアイドル歌手からちょっとした大物歌手までよく登場していたので、子供心ながら彼等歌手達の歌を記憶の層に刷り込んだのだと思う。そういえば渡辺プロ所属のゴールデンハーフも同番組のレギュラーだった。

寝るまでTV付け、更に永井豪の「ハレンチ学園」「あばしり一家」といったエッチな漫画をこっそり読んでいた当時の私も、お色気系の歌手や映画を見る事は流石には出来なかった。1971年といえば日活が成人映画路線に転身して日活ロマンポルノをスタートさせた年でもあり、映画各社がこぞってお色気映画を乱発していた時期でもある。こうした当時の世情は大人になってから知ったのであるが。池玲子、杉本美樹、渥美まり、賀川雪絵、夏純子といった女優さんが団地妻、大奥、女教師、女子高生、温泉芸者、ずべ公、女囚、修道院、四畳半といったキーワードをテーマに妖しい魅力を振りまいて劇場に男性の足を向かわせた。挙句の果てには日本の映画会社はサンドラ・ジュリアンとかクリスティナ・リンドバーグといった外タレまで海外から連れてくる有様。子供の私が漫画やテレビのアニメ、ドリフのコントに夢中になっていた時代、当時の大人達はこぞって”お色気”を堪能していたのである。

フラワー・メグ

■ フラワー・メグ - 歌
■ ダンポップスオーケストラ - 演奏
■ 岡田憲和 - 構成

雑誌「歌謡曲番外地 Queen of Japanese Pops」によればフラワー・メグは1951年10月7日、東京都目黒区出身。結婚前の旧姓は木村和代さん。彼女が音楽の世界に残したのはシングル2枚とアルバム1枚。「ベッドにばかりいるの / そして二人はラ・ララララ」は1971年6月に発表されたデビュー・シングルで作詞はいずれも春名美幸。作曲/編曲は池野成秋。 第二弾シングル「あの日のように雨が降る / 別れの唄がきこえる」は1971年10月発売。「あの日のように雨が降る」は作詞を悠木圭子、作曲/編曲を鈴木淳/青木望が手掛けた。唯一の作品「ささやき・ためいき・もだえ」は1972年2月に発表された作品。シングル、アルバム共に徳間音楽工業(Dan)から発表された。彼女の音楽作品はこれが全て。更に本数は少ないながらもフラワー・メグは映画にも出演していた。1971年には東映『不良番長 手八丁口八丁』『ポルノの帝王』の2本の映画に出演(共に監督は内藤誠)、1972年にはATG配給『鉄輪』(監督:新藤兼人)に出演している。

『鉄輪』が公開されたのが1972年4月なのだが、この時点で既に彼女は引退していたというから実質彼女が衆人の目に晒されていたのはほぼ1年間のみという事になる。アニメやドリフに夢中になっていた当時子供の私では知る由もない。そして歌や映画だけでなく(実際にはこっちが本業だったのかもしれないが)、男性向け週刊誌でヌードを披露したり、TVに出てあられもない姿で歌を披露した事もあったという。CS放送は兎も角、今の地上波放送しか知らない若い世代の人は判らないかもしれないが昔はテレビでエッチなシーンが放送されてしまう事もままあった。緩かったのだ。大橋巨泉がかつて司会を務めていたお色気番組の元祖「11PM」で女性が全裸になってしまうこともしばしば。永井豪のエッチな漫画や小川ローザのパンチラCM、そして日本全土を襲った「スカートめくり」現象などが時代を後押ししていたのである。1980年以降の生まれの人には私が何を書いているのか全く判らないかもしれないが、つきあって最後まで読んでくれ。(笑)

ベトナム戦争や公民権運動、そして全共闘運動と総称される学生運動。毎日が晴天、というオ気楽な子供だった1970年前後の私には判らない社会背景であったが、既存の管理社会に立ち向かう姿勢をお色気の分野で実現しようと奔走した人が多かったのもこの時代だったようである。暴力で権力に立ち向かう姿勢はいつの時代でも必ず賛否両論を生むが、エロでこられると始末に悪い。男性諸君の熱い支持を受けるからだ。スケベ映画や音楽、セクシーな演劇の中に権力側を糾弾するメッセージを組み込めばよい。勿論、特定の政治思想を隠し味とする人ばかりではない。ただ単純に既存の概念を覆して既成概念に束縛されない自由で新しい文化を生み出したいという若者特有のパワーが当時の音楽業界や映画業界のある一部の特定の人たちではあったと思うが、そうした思想を持ち合わせていた人が多かったに違いない。勿論、ヒッピーカルチャーからの影響も色濃かったことと思う。

週刊平凡パンチでヌードを披露して世の男性諸君(当時)を虜にしたフラワー・メグが発表した「ささやき・ためいき・もだえ」は基本的に外国音楽の日本語歌詞によるカバー作品集。エッチ度を1人だけで増幅させたようなゲンズブール&ジェーン・バーキンのデュエット曲「ジュテーム」を筆頭に、以外と巧くこなすフラワー・メグの曲を堪能する事が出来る。演奏はダンポップスオーケストラ。1960年代~1970年代の昭和歌謡を知る人にはお馴染み、ムード音楽仕立てのオーケストラポップスである。徳間からの歌手デビュー以前にゴーゴー喫茶でパンティ1枚で踊りを披露するショーを行っていた所謂ヌード・ダンサーとは思えない、なかなかの歌手センスも持っている。曲間でナレーションが入る場面もあるのだが、このアルバム発表時点で既に役者経験を持つ人だけあって、感情が込められた彼女の声が実に艶かしい。お色気出身の歌手に共通する存在感が感じられるのがいい。歌い手の肌感覚が伝わってくるのだ。

「ジュテーム」「サン・トワ・マミー」「ラスト・ダンスは私に」「オー・シャンゼリゼ」「雪が降る」といった定番ソングをどいあきら、岩谷時子、安井かずみといった作詞家陣が日本語歌詞を与えて作品として完成させたものだが、正直当時の歌謡曲やフラワー・メグという名前に特別な思い入れのある人意外には聴くのは辛いだろう。一昔、いや、二昔前のお昼のメロドラマのBGMが似合いそうなかったるい音楽のどこかセクシーなのか、と20代以下の若い世代はそう思うだろう。インターネットを利用すれば無修正画像も無修正動画も簡単に閲覧可能な時代に青春時代を送る世代には判らないだとうが、昭和のハレンチ文化は、池玲子、杉本美樹、渥美まりといった女優さんに夢を見せてもらった20代以上の世代の人達、そして男性向け雑誌の女性のヌード画像の局部の黒塗り部分を(よく考えれば絶対に不可能なのだが^_^;)『もしかしたら剥がれるかもしれない』とシンナーで落とそうと無駄な労力を費やした多感な世代の若者達が支えてきたのだ。

冒頭の「ジュテーム」は兎も角、その他の曲は今の感覚で聴くと以外な程元気一杯で実に可愛らしく微笑ましい。だが、これでも充分にハレンチな歌だったんだね。そして映画や雑誌のグラビアの補助的な役目であった事も付け加えておこう。妄想の世界であれやこれやと思いを廻らせる。男性ならではの習性である。こんな可愛らしい歌でもモンモンとなれたのだ。昭和の男達は。



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