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(US) Chicago / Live in Japan (1972)

 2012-06-11
ライヴ・イン・ジャパン(紙ジャケット仕様)
ライヴ・イン・ジャパン(紙ジャケット仕様)
 [CD]
 アーティスト:シカゴ(Chicago)
 レーベル:ワーナーミュージック・ジャパン
 発売日:2012-05-23
 by ええもん屋.com
[DISC1]
1.ダイアログ (パート1&2)
2.ヴァレーズに捧げる歌
3.ロウダウン (日本語ヴァージョン)
4.俺達のアメリカ
5.サタデイ・イン・ザ・パーク
6.ぼくらに微笑みを (バレエ・フォー・ア・ガール・イン・バキャノン)
7.言いたいことが沢山 (バレエ・フォー・ア・ガール・イン・バキャノン)
8.不安の日々 (バレエ・フォー・ア・ガール・イン・バキャノン)
9.ウェスト・ヴァージニアの幻想 (バレエ・フォー・ア・ガール・イン・バキャノン)
10.ぼくらの世界をバラ色に (バレエ・フォー・ア・ガール・イン・バキャノン)

[DISC2]

今でも通用する言葉かどうかは知りませんが、かつて1970年代、ブラス・ロックなるジャンルの音楽が存在しました。どういう音楽かと言うと、ロック・サウンドにブラス、つまり金管楽器を大胆に導入した音楽の事を指します。トランペット、コルネット、フリューゲルホルン、フレンチホルン、トロンボーン、時にチューバなんかの楽器を導入したジャズ・ベースのロックの事で、まあどうやら日本でしか認知度のない言葉らしい。海外では単にジャズ・ロックとかアダルト・コンテンポラリーの界隈で語られるのが普通の様です。このジャンルの先駆的存在はシカゴ、そしてブラッド・スウェット&ティアーズやチェイス、タワー・オブ・パワーといったバンドが例として挙げられるよう。ロックにブラスを導入した例はシカゴ以前にも存在しましたが、ブラス・ロックなるジャンルの音楽を一躍メジャーな存在にしたのは、やはりシカゴ、という事になります。

アメリカ合衆国イリノイ州シカゴ出身のシカゴは当初はシカゴ・トランジット・オーソリティ(シカゴ交通局)と名乗っていましたが、苦情を考慮して、じきに単に”シカゴ”と名乗って活躍する事になります。親しみ易いメロディ・ラインを得意とするバンドでしたが、デビュー当初は政治的なメッセージを歌詞で展開したり、実験的な要素をアルバム上で展開したり、更にアグレッシヴなライヴを展開するなど、実は当初はとても硬派なバンドの一つでした。その後、時代の移り変わりと共にメッセージ色は薄まり、またメンバーの入れ替えなどもあって、ブラス・ロックやメッセージ・バンドの枠を越えた、アメリカの音楽シーンを代表する大物バンドへとのし上がっていきます。

ジャンルとしてのブラス・ロックの衰退と共に、一時期シカゴは人気が低迷するも、プロデューサーのデヴィッド・フォスターの起用やピーター・セテラが主導権を握ってから商業的にも大きな成功を収めるなど、1980年代に入ってから再び脚光を浴びる存在になったものでした。彼等にとって転換期となったシングルは1982年の「Hard To Say I'm Sorry(素直になれなくて)」。ピーター・セテラの甘い歌声が魅力的な、屈指のバラード・ソング。ブラス・セクションを全面に推し出したかつてのジャズ・ロック・スタイルの音楽ではなく、既に甘味なAORと化してしまったが、当時の若者の心を虜にしたものです。当時私は大学生。この曲もよく聴きました。この曲が収録された「シカゴ16」もよく聴きました。当時主流のレコード・レンタルでしたけどね。もう当時、シカゴのレコ-ドを金出して買う気はおきなかったので。

この曲を含むアルバムは「Chicago XI」(1977年)以来のアルバム・チャートベスト10入りを果たし、更に2年後の「17」でも再びベスト10入りを果たしています。デビュー当初から数多くのシングル・ヒットを持つシカゴですが、シングル・ヒットは1980年代だけでも「Hard To Say I'm Sorry」「Hard Habit To Break」「You re The Inspiration」「Along Comes A Woman」「Will You Still Love Me?」「I Don t Wanna Live Without Your Love」「Look Away」など多数。全米アルバム・チャートでベスト10入りを果たしたのは、「17」が今の所、最後になっているのですが、バンドの活動自体は紆余曲折ありながらも現在も続いている模様。1990年代の中盤以降は流石にアルバム発表のペースが落ちてしまっていますが、まあ、これも仕方のない所でしょう。

ところでこのシカゴ、日本では昔から人気の高いバンドだったので、これまで何度か来日を果たしています。1971年の初来日を皮切りに1972年、1973年、1984年、 1987年、1989年、1993年、1995年、2000年、2003年、2008年、2010年。今回取り上げるCDは彼等の2度目の来日公演から1972年6月14日の大阪フェスティバルホールの公演の模様を収めたライヴ盤。勿論彼等にとって初の日本公演ライヴ盤。シカゴとしてのライヴ盤は、これ以前に「Chicago at Carnegie Hall」というライヴ盤が存在したのですが、音質面での不満、そして4枚組という商業的な面でのデメリット(分割販売盤もあったが、、、)もあって、当時の音楽ファンには不評だったという。そんな事もあって、日本側が日本独自のライヴ盤制作を作る事を進言した所、すんなりと受け入られたのだという。

実はこの、 大阪フェスティバルホール、ミュージシャンには実に受けの良いホールで、海外のアーティストではレッド・ツェッペリン、ディープ・パープル、マイルス・デイヴィス、ナット・キング・コール、ルイ・アームストロング、日本でもさだまさしや山下達郎、中島みゆき、高橋真梨子といったアーティスト達に愛されてきたホール。クラシック公演やバレエ公演も多数。そんな場所だからこそ、実現したシカゴのライヴ・イン・ジャパン。だが、日本が誇るこのシカゴのライヴ盤も、過去の紙ジャケ化シリーズでは見送られてしまいました。なんでや、という往年の洋楽ファンも少なくなかったと察しますが、そんなオールド・ファンの期待に応えるが如く、今回待望の紙ジャケ化。過去、テイチクやシカゴ・レコードが商品化していますが、今回の復刻は久しぶりの出来事。

往年のファンの方は勿論の事、シカゴと言えばデヴィッド・フォスターやピーター・セテラ、シカゴと言えば甘口のAORやソフト・ロックを連想する洋楽リスナーの方、或いはユー・チューブでシカゴで検索して「Hard To Say I'm Sorry」ばかり聴いている人にこそ聴いて欲しいライヴ盤と言えるでしょう。シカゴがライヴ・バンドとしても優秀なバンドであった事が再確認出来る作品だと思います。ソウルフルな歌声、迫力溢れる演奏、グルーヴィーなリズム・セクション、そして熱気溢れるライヴ会場。ライナーには当時のスタッフの謙遜な言葉が記載されていますが、いやいやどうして、これは1970年代を代表するライヴ盤の一つとして誇れるアイテムだと思います。なお、紙ジャケは見開き2枚組でワーナーミュージック・ジャパンから。初デジタル・リマスター化。メンバー自身も認める、カーネギー・ホールのライヴ盤を上回る良作。





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